Leitz Focomat 1C - 受け継ぐということ

 今、私の仕事部屋兼週末暗室に、Leitz Focomat 1Cが鎮座している。Leitz Valoy IIを持っているので、追加でFocomat 1Cを購入する予定はなかった。では、なぜ今ここに......。

 今日は、このFocmat 1Cを受け継いだ方の意志に敬意を払いつつ、入手した経緯を少し詳しく書きます。

Leitz Focomat 1C

 こんないい加減なブログでも、これを見て頼ってきてくれた方がいた。
数ヶ月前、このブログのある記事のコメント欄に連絡して頂いた。お父様が亡くなられ、現像に使う機材が残され、処分にお困りとのこと。

 最初、コメント欄に記されていたメルアドに、実際に伺って、残された機材を見せて欲しいとメッセージ送ったが送信エラー。……失礼ながら悪戯だったのかと思ってしまった。悪戯だと、わざわざ再びこのブログにきて、メッセージを送ってくれたブログ記事をまた見てくれることはないだとうとも思ったが、ダメモトで該ブログ記事のメッセージに返信するかたちで、送信エラーになったので別の連絡先をと、頼んでみた。

 そうしたら、しばらくして、返事がきた。代わりに教えてもらったメルアドはちゃんと送信が出来きた。メッセージを送ってくれた息子さんのお住まいは京都で、亡くなられたお父様が残された機材は大阪の実家だとのことで、お母様が絶賛処分中とのことだったで、日時を合わせてお伺いすることになった。

 機材引き取りのため、京都の自宅近くのレンタカー屋で車を借りて、実際に伺ってみると、お父様の写真趣味はもう趣味といえる領域を完全に超えておられた。全紙サイズなど、大きく引き伸ばすことに拘っておられたそうで、ヨドカメの梅田店では、全紙サイズの銀塩用印画紙を求めに来られていたのは、もうお父様だけだったとか。暗室もすごかった。ご自宅の一部を改装された暗室で、現像、停止、定着の各液を入れた大きなバットを並べておける横長のシンクも備えられていた。

 定年後に、ご自宅で写真屋さんをされようとしていたとのこと。写真仲間が集う場にされたかったご様子。しかし、実際に定年のころになったら、時代はフィルムからデジタルへ…….。それでも、銀塩に拘っておられたそうで、新聞社から依頼されて、昔の世相が写されたフィルムから、大きく引き伸ばして印画紙に焼く作業をされたこともあったそうだ。

 連絡して頂いた息子さんも、子供の頃はお父様の暗室作業を手伝っていたそうだ。お母様も息子さんも、あまりに写真熱一杯だったお父様がされていたことを、かなり迷惑であったようなことを表向き仰っておられたが、それが本心ではないことは、直ぐに分かった。話が進むにつれ、お二人の表情は和らぎ、お父様の写真にドップリつかっていたご様子を語るお二人は、かなり楽しげだった。
本当に迷惑だったなら、全ての機材をガラクタ同然に大型ごみとして直ぐに処分されていただろう。お父様の思い出一杯の機材たちを、そんな簡単に処分出来る筈はない。

 機材の殆どは、すでに生前の写真クラブのお仲間などに引き取られていた。しかし、主な機材のうち、Focomat 1Cだけが残されていた。ハッセルブラッドなどのフィルムカメラは、フィルム現像してスキャンとかすればデジタル画像として残すのに使える。だが、引き伸ばし機は嵩張るし、いまどき自宅で引伸作業をしている人は限られる。更に、お父様が残されたFocomat 1Cは、私がよく知っていたそれと比べると巨大で、イーゼルを置く白台版も中判、大判の引伸機用なのではと思えるほど大きいし、本体を支える支柱が120cmもある。大きなサイズへの引伸に拘っておられたので、このサイズを選ばれたのであろう。あとでカメラマガジン(エイ出版)のNO.15、125ページをみて分かったが、お父様のはFocomat1Cシリーズの最終型で、カラーフィルムの現像にも対応している機種であることが分かった。

 子供の時にお父様の現像作業を手伝っていた息子さんは、きっと最後に残されたFocomat 1Cがどれだけ貴重な引伸機であるのか、よく分かっておられたのであろう。聞きはしなかったが、この機材だけは、今からでもずっと昔ながらの現像方法、引き伸ばし方法で銀塩写真を楽しんでいる人に受け継いでもらいたいという思いがあって、引き取り手が現れないなか、Web上で、現像作業をやっている記事が載っている私のブログを発見して、連絡されてきたのだろう。本当に有難いことです。

 Focomat 1Cと一緒に暗室で使うフィルムクリップや、セーフライトと、展示会のために沢山ストックされておられたフォトフレームの中から数点お預かりしてきた。大切に使わせて頂く。お線香を上げさせて頂き、車に機材を載せて帰ってきた。

 が….、Focomat 1Cやその他の機材をお預かりして数ヶ月が経ってしまった。すぐに使ってみたかったが、仕事が非常に忙しくなってしまい、週末もバタバタで時間とれず、ようやく一昨日と昨日、まとまった時間を作って、久しぶりに引き伸ばし作業を行った。引き伸ばしたフィルムは、ご近所のカフェのオーナーさんが、家内が注文したメニューをメモしているところを撮らせてもらった写真で、引き伸ばして写真を持っていくと約束していたもの。ヘタッピな私ですが、結構イメージ通りに、オーナーさんのにこやかな表情を、柔らかいイメージに仕上げることが出来た。

 

 

ご近所のカフェで撮らせてもらった写真の現像風景

 

 Valoy IIも、もちろん今後も使い続けるのであるが、Focomat 1Cはオートフォーカス機能があるので一度ピントを合わせたたら、後は楽。同じサイズの印画紙で焼くサイズを微調整する時や、六つ切りで試し焼きして、四つ切や大四つ切に、あるいは更に大きなサイズにって時に便利だと思う。

 私は、今後もフィルムと現像用の各薬剤やその他消耗品がなくならない限り、ずっとフィルムでの撮影と自宅での現像作業を趣味として続けていくと思う。今回頂いたFocomat 1Cは、ご好意で無償で頂いた。急死されたお父様の熱い写真への思いが詰まったこの引伸機は、頂いたというよりも、お預かりしたという気持ち。出来れば私の後の世代の誰かに、また引き継いで欲しいとも思う。

 定年まではあと9年。その後も、体力が続く限り銀塩写真を楽しんでいきたいと思っている。でも、私もいつの日か、今回お預かりしたFocomat 1Cや、これまでコツコツを集めてきた暗室機材やらフィルムカメラなんかを、引き継いでくれる人やカメラ店を探す時がくるのであろう。その時になっても、依然として銀塩写真を楽しんでいる方は、いるだろうか……….?

 まだまだ先のお話だと思っていたが、自分もそういうことを考える年齢にもうなってきたのだ。