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20代前半までは、正直あまり陶磁器に興味を惹かれるということはなかった。両親が石川県の金沢市出身ということもあって、子供の頃から加賀文化が生み出したと言える九谷五彩(緑、黄、紫、紺青、赤の5色)や赤絵の普段使いの九谷焼は、高校を卒業するまで住んでいた実家では当たり前のように毎日目にしていたが、それらに強く心惹かれるということはなかった。
20代後半、勤務先がオランダの会社になったことによりしばらくオランダ南部に住んでいた。週末の休みには電車やレンタカーを利用して、オランダ各地やブリュッセル、パリなどにも遊びに行っていた。アムステルダム国立美術館に行ったのは、レンブラントやフェルメールの絵画を観てみたかったから。一通り美術館内を観て回って一階に戻った時、地下にも展示物があることに気が付いた。アジアセクションだった。
アジアセクションの中に、陶磁器が多く展示されているコーナーがあった。なんか懐かしさを覚える皿や花瓶……そう、それらは日本で作られたものだった。大航海時代にオランダは世界に躍進した。有名なVOC(東インド会社)は、鎖国だった日本と唯一貿易を許されていた。江戸時代に長崎から日本の品々をヨーロッパに輸出していた。アムステルダムの美術館には、その証となる品々が多く展示されている。
私にとっては、本物のオールド伊万里(有田焼)を直接目にする初めての機会であった。特に私の目が釘付けになったのは、一際「白」が美しい一枚の皿。純白のお皿に繊細な紅葉(だったと記憶している)が施されていて、凛としてそこだけ際立って空気が澄み切っているようにも感じるシンプルな絵柄の皿だった。思わず
「スゲェー」
と、小声を出してしまった。オランダ人のキュレーターの方にこれは日本で焼かれたものでしょうかと確認したところから、展示物について色々教えてくれた。私が釘付けになったお皿は、柿右衛門窯で製作されたものだと知った。今思い返すと、とんでもない銘品の数々を贅沢にも一度に沢山目の当たりにしていたのだ。そして、有田、伊万里で焼かれた数々の美しい焼物が当時のヨーロッパに輸出され、金と同等レベルに(あるいはそれ以上?)価値があるものとして珍重され、日本産の美しい磁器が欧州の王侯貴族の間で非常に人気となり、伊万里や有田と同様の美しい器が作れないのかということで、日本の焼き物(または中国・景徳鎮で焼かれた磁器)を模すことから始まったのがマイセン焼やデルフト焼、セーブルだと教えられた。まったくもって日本人として恥さらし以外の何物でもなかった(帰国後に私が子供のころから当たり前のように目にしていた普段使いの九谷焼の器や湯呑も、その起源が有田焼にあるのだと知る。どうしようなく無知だった私)。日本と欧州の間では、目の前に沢山並んでいる焼き物を通じた文化交流が江戸時代からずっと続いているというその事実をこの時初めて知った。
何れにせよ、オランダの美術館で産まれて初めて本物の柿右衛門様式の数々の焼き物を観るにいたり、「濁出の白」に完全に魅了されるのと同時に、はるか昔のそのような時代背景を知りつつ、日本の磁器に一気に高い関心をもつようになった。そして、オランダから帰国した後の最初の夏季休暇に初めて伊万里と有田に行き、色々な窯の作品を観て回った。そしてもちろん、柿右衛門窯の最新の美しい磁器の数々も観させて頂いた。この頃のオランダと佐賀で観た美しい陶磁器の数々の影響か、私は殆ど興味がなかった筈の陶磁器類の美しさにだんだんと心惹かれるようになっていった。
33歳で結婚し、一緒に住むようになってから家内も普段使いの陶磁器が凄く好きであることが分かり、お互い共通の趣味となった。結婚して千葉県船橋市に住むようになって暫くしてから、二人でまず向かったのは有田の陶器市。陶器市としての規模の大きさにとても驚いた。


それに続いて二人がハマったのが、台湾茶、中国茶を楽しむ茶器類。横浜中華街のお店で中華料理を頂いた時に出てきた中国茶のあまりの美味しさに二人とも驚いた。お店の人が、中国にも沢山美味しいお茶があるが、そのお店のものは中国産ではなく台湾産(凍頂烏龍茶)だと教えてくれた。この話が切っ掛けとなって、香港や広州、台湾によく行くようになった。香港や広州で景徳鎮産の磁器の茶器類をみてすごく美しいと思ったこともあった。しかし、家内も私も虜になってしまったのは、台湾の茶器類。二人とも台湾のお茶の美味しさに魅了されたことも相まって、40歳を過ぎたころになると、私達の海外旅行先は台湾だけになった。何度も何度も台湾を旅行するうちに、お気に入りの磁器製の茶器を買うお店は3店に絞られてきた。 ....絞られたのではあるのだが、もしかしたらまた新しいセンスのよい茶器類を扱うお店が出来ているかもしれないと思いつつ、また二人で台湾に行きたくなってしまうのである。
残念ながら、2020年に行ったのを最後に、最近は全然台湾に行けていない。それは、2008年以来ずっと私ら夫婦と一緒に暮らしてきている猫が老齢期となり、かなり弱ってきているから。2匹のうち1匹は今年に入って暫くしてから逝った。もう一匹は、まだまだ健在だけど歳には勝てず、段々後ろ足がヨボヨボになってきているし、食欲も少しずつ落ちてきている。循環器系にも少し問題が出てきている。どんな動物だっていつかはあの世にいく。それでも出来るだけ長生きして欲しいし、最後までしっかり世話をすることが飼い主としての責務と思っている。もうしばらく台湾に行くことは後のお楽しみにとっておき、今は彼と出来るだけ一緒に少しでも長く過ごせる時間を大事にしたい。
台湾でお気に入りの茶器を見つけることを楽しむことと並行して、この日本の陶磁器類の中で家内も私もとても気に入ったのが九谷青窯のお皿。 九谷青窯は石川県の能美市にあった。九谷焼の本場だ。他の窯と異なるのは、九谷の伝統的な色合いも使いつつ、若い作家さん達が個々のセンスでシンプルさの中に洒落たモダンなデザインで伝統的な九谷焼にはない作風の器を沢山作っているところ。大変残念なことに、九谷青窯は昨年閉窯。でも、家内も私も元々九谷青窯に在籍されていて、今は独立して焼き続けている作家さん達の作品を、起き掛けオヤツの時や普段の食事用の器として楽しみ続けている。

お菓子:京都クグロフ家のプチクグロフ
カップ:五十嵐元次
家内と私の共通の好みとして、磁器類のデザインは白地主体で絵柄はシンプルに描かれたもの好み。ただ2人の間で違いがあるとすれば、最近私は白地に青だけを使った染付の器が気に入る傾向が少し強くなったような気がする。もちろん、内村七生さんや徳永遊心さんなどのいくつかの色を使った豆皿や器も大好きではあるが、どちらかといえばの傾向といった意味で(将来また好みの方向は変わるかも)。あともう一つの違いは、私は中国茶の器については台湾の作家さんによる朱泥を中心とした工夫茶用の茶壺類にハマってしまったこと。特に好きなのが小さめの愛らしくシンプルなデザインで手作りされた茶壺(宣興など中国の茶壺は大きいサイズが多いような気がする)。



台湾旅行中に凛とした雰囲気を醸し出す茶壺を見つけると吸い寄せられてマジマジと眺め、「買っとくれ」という声が茶壺から発せれると、ついつい「ハイ」と答えてしまう….そんなことをこれまで何回繰り返したことだろうか。なので我が家のお茶は日本茶と合わせて台湾産の青茶類がかなり幅をきかせているのである。一方、家内は磁器製の蓋碗にハマっている。やはり、白磁に少なめに絵柄が施されているのが好み。
こんな感じで、オランダの美術館で本物の柿右衛門を見て焼き物がもつ美に魅了されてしまってから、ずっと陶磁器旅を続けているのであるが、家内も私も今住んでいる京都の名産、清水焼の中からはなかなかお気に入りの器を発見出来ずにいる。そのうち好みのものが出てくると思っていたらもうかれこれ10年が経ってしまった。
この8月に開催された五条若宮陶器祭にもまた行ってみた。色々なお店を見て回るが、なかなか心に響く器に出会えない。そしてついに、入った瞬間に「オッ、これは」と思わず声が出てしまったお店と出会えた。
ギャラリー暁山 : https://gyouzan-kyoto.com/
好みの綺麗な白磁。そして繊細な濃淡で描かれた染付の菊。見てすぐ購入を決めた。

紅葉が描かれた染付のお皿も。

清水焼ではないけれど、また新しい魅力的な窯に出会えた。家から比較的近いのでギャラリー暁山さんにはまた行きたい。そして、直ぐには無理だが松山窯と嘉久正窯にも是非直接行ってみたい。何れも三川内焼の窯。九州の佐世保だ。19世紀、ヨーロッパで人気だったHirado (平戸焼)だそうだ。私が陶磁器が好きになった切っ掛けはオランダで見た柿右衛門だったが、またヨーロッパと縁がある窯に出会えた。実際に窯を訪れるその日を楽しみに。
MINOCAME 


