「ハッセルブラッドの時間」を読んでみた

自分で銀塩モノクロフィルムの現像と、引き伸ばし作業を行うようになって、約1年経った。僕は、デジタル一眼で撮るのも、フィルム一眼で撮るのも好きなのだが、GR1V、EOS7s、EOS1vで撮った写真の現像作業を行うようになったこの1年は、フィルムカメラやモノクロ写真のことを考えている時間の比率の方が、必然的に高くなってきている。
そんな中、出張先の本屋で、ふと手に取ったのが、藤田一咲さんの「ハッセルブラッドの時間」という本だった。文庫本サイズで、650円と非常に手ごろなお値段だったので、新幹線の中とか出張の帰りに読むのに丁度よいと思った。それに、今現在フィルムカメラに関しては、何でも知りたがり状態に陥っている僕にとって、ハッセルブラッドは、ほとんど未知と言ってよいカメラだったし....。

ハッセルブラッドの時間
2ケ月くらい前だったか、アサヒカメラにハッセルブラッドのフィルムカメラの記事が出ていて、その時からちょっと気になっていた。本屋でパラパラとページをめくった時、藤田さんが撮影された6X6の写真が、文庫本サイズのわりには沢山掲載されていたから、写真を見ながら楽しく読み進められるのではいかとも思い、買ってみた。
そして今、僕はこの文庫本をもう一度読み返そうとしている。もう44歳のオヤジである。本読んで、清々しい気持ちになるということは、あまりなくなってしまったが、この本は久しぶりにそういう気持ちを取り戻させてくれた。もちろん、ハッセルブラッドというカメラに関する解説も、藤田さんの写真を拝見しながら、楽しく読み進めることができたのであるが、私がこの作品でさらに心魅かれたのは、作品中で、随所に出てくる藤田さんが幼き日のおじいさんとの方言たっぷりのやり取りである。
そのやりとりを拝読したかぎりでは、藤田さんは小学生のころの夏休みを、おじいさんと過ごすことが多かったようだ。そのおじいさんは、藤田さんが生まれた記念に、秋田から上京して上野でハッセルブラッド500Cをお買いになったそうだ。そして、おじいさんは「ハッセルブラッドの時間」を楽しむとき、着物姿で自作のストラップを付けたハッセルブラッド500Cを肩から下げ、帽子をかぶり、下駄を履いてお出かけになっていたそうだ。なんて格好いいおじいさんなんだろう。そのスローなカメラで撮影するという「極上の時間」を、お二人で共有されていたことになる。
そして、プロの写真家になられた藤田さんは、おじいさんと同じハッセルブラッド500シリーズを使っているそうだ。つまり、藤田さんは今もっておじいさんと「ハッセルブラッドの時間」を共有し続けていることになる。ハッセルブラッド500シリーズが誕生した当初から、既に完成度の高いカメラであったからこそ、現代でも高い性能を引き継ぐことができているという証しでもあるのでしょう。ハッセルブラッドがなかったら、藤田さんもおじんさんと今も「極上の時間」を共有し続けることはできていなかったのでしょうなぁ。

それにしても、今もって、おじいさんと「極上の時間」を共有し続けている藤田さんがちょっぴり羨ましくなってしまった。
なぜなら、僕にとってもじいちゃんは最高のヒーロー的存在だ。僕の両親の実家は金沢で、夏休みになると、よく従兄弟たちと浅野川で毛鉤釣りを楽しんでいた。でも、なかなか釣れない。3時間、4時間粘っても釣れないこともざら。そんな時、陽炎立つ川面の彼方から、じいちゃんはやってくる。その、陽炎の彼方から現れるじいちゃんの姿が、なんとも最高に格好いいのであった。僕が小学生の頃、じんちゃんは浅野川でアユの友釣りを楽しんでいた。その友釣り用の釣り竿が凄いのだ。竿は竹製で、手元の太さは直径4cmか5cmはあったと思う。そして天にまで届きそうなくらい長ぁ~いのだ。とても小学生の小さい体では支えきれないくらい重かったと記憶している。その重くて長い釣り竿を軽々と肩に担いぎ、陽炎の彼方から、僕等従兄弟が釣りをしているところまでやってくる。そして、その長い竿を、ビュウンンンという音とともに振りぬくと、それと同時に手元のメチャ太い竹の柄がギシギシギシィィィィと大きな音を立て、友釣り用のアユは川面に吸い込まれていく。そうすると、数十秒のうちに、僕らがどんだけ粘っても釣れなかった同じ釣り場で、アッという間にアユを釣りあげてしまうのだ。それを見た僕と従兄弟達は
「ウワァァァァァ、じいちゃんすげぇ」
と一斉に声をあげるのである。そうすると、釣り上げた鮎を魚篭に入れて川の水でさらしながら、嬉しそうに眼を細め、友釣りのコツや毛鉤釣りの毛鉤の作り方や選び方を、楽しそうに教えてくれるのであった。
残念ながら、僕の手元には、じいちゃんが使っていたような竹製の釣り竿はない。だから、藤田さんのように、今もなおじいちゃんと「極上の時間」を共有するということはできない。でも、卯辰山を望む浅野川の川面、天神橋、大橋あたりの町の記憶は、今も鮮明に残っている。
いつの日か、あの懐かしい夏の浅野川の川面に立ち、じいちゃんと釣りを楽しんだあの風景を撮ってみたいと思っている。そのときには、やっぱりフィルムカメラで撮影して、自分の手で現像し、印画紙に焼いてみたいと思う。
この本は、ハッセルブラッドの素晴らしさを紹介する内容がメインではありますが、おじいさんやおばあさんと過ごした時間の中に、一杯思い出が詰まっているという皆さんにも、とってもお勧めな一冊です。